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| 1956年 |
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愛知県の三河湾に浮かぶ篠島に生まれる。
5人兄弟の末っ子。実家は旅館を営む。幼い頃から、父親に普通に暮らしなさいと言われるが、普通の事は、絶対に嫌だと思う、負けず嫌いの子供だった。 |
| 1972年 |
名古屋市立商業高校に進学。2歳上の姉と自炊生活をしながら学校に通う。
ハンドボールに明け暮れる。 |
| 1974年 |
愛知東邦短期大学(現:愛知東邦大学)進学。
ヒッピームーブメントの影響を受けた仲間達や将来の夫・西邨氏と出合い、親交を深める。
ヒッピー系の本や仲間から教わる菜食主義やシュタイナー教育に興味しんしん。
センチメンタル・シティ・ロマンスのセンチメンタル・ファミリーとして活動。 |
| 1976年 |
短大卒業後は、センチメンタル・ファミリーの活動と実家の家業を両立。 |
| 1979年 |
サンフランシスコのグレイトフル・デッドのニューイヤーズ・イブ・コンサートに感動。
ジェリー・ガルシアの本『自分の生き方を探している人のために』に影響を受ける。 |
| 1980年 |
アメリカの大学に留学中の西邨と遠距離結婚。 |
| 1981年 |
アメリカの夫を尋ねた時、マクロバイオティックの父・桜沢如一氏の『新食養療法』の本に出合い深い感銘を受ける。さっそくマクロな食事法を実践。10日で体調の変化を実感。 |
| 1982年 |
マクロビオティック勉強のため、アメリカ・ボストンへ。
マクロビオティックを教える久司学園の学長・久司道夫氏の家で住み込み、料理をしながらマクロビオティックのクラスを受講。パーティで、ジョン・デンバー氏に料理を作る。 |
| 1983年 |
久司学園のベケットの施設で、がん患者の食事の世話をしながら、新しい学校設立の準備に参加。 |
| 1984年 |
自宅出産(産婆さんが間に合わずに自力)で長女が誕生。 |
| 1988年 |
再び自宅出産(産婆さん、間に合う)で長男が誕生。 |
| 1989年 |
自宅にてがん患者を受け入れて、マクロの食事作りをスタート。 |
| 1992年 |
二人の子供を連れ、日本に一時帰国。 |
| 1994年 |
再びベケットへ。久司学園での仕事を再開。この時、合気道と出会う。 |
| 1997年 |
夏、アラスカのマクロコミュニティに1ヶ月滞在。 |
| 1999年 |
アラスカのマクロコミュニティへ移住。移住前に合気道初段取得。 |
| 2000年 |
アラスカ生活を終え、ベケットへ。
がんの患者への料理を主に、日本食レストラン“備前”グリル担当。久司学園料理講師。 |
| 2001年 |
マクロのシェフを探していたマドンナのプライベートシェフに。世界ツアーに帯同。 |
| 2004年 |
マドンナ「リインベンション・ツアー」に帯同。 |
| 2005年 |
『小さなキッチンの大きな宇宙』をカナリア書房より出版。 |
| 2006年 |
マドンナ「コンフェッション・オン・ザ・ダンスフロアー」ツアーに帯同。 |
| 2007年 |
『MAYUMIの世界一の美肌レシピ』を主婦と生活社より出版。 |
| 2008年 |
仕事のベースを、イギリスのマドンナ宅から日本に移す。
『ハッピー・プチマクロ』を講談社より出版。
マドンナ「スティッキー・アンド・スイート」ツアーに帯同。 |
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